大畑才蔵について

水利の先覚者~大畑才蔵

 大畑才蔵は、紀の川の北筋を走っている水路、小田井と藤崎井を造り、橋本市から和歌山市の間に広がる水田地帯を開発した江戸時代の偉人です。

 「紀北の地に長い水路が二筋並行してのびています。一つは小田井(おだい)といい、もう一つは藤崎井(ふじさきい)といいます。
 伊都、那賀、海草の三郡の肥沃な田野はこの二つの恩恵を受け、そして、又、十万の人々もこの水の恩恵を受けています。
 これは大畑才蔵が水路を開発したおかげです。

 大畑才蔵は名を勝善(かつよし)といい、伊都郡学文路村(いとぐんかむろむら。現橋本市)で寛永19(1642)年に生まれました。
 才蔵は小さいころから算数が得意でした。
 大人になってから土木に精通し、元禄9年(1696)年3月に紀州藩に召され農政に携わりました。才蔵が55才のときです。この年に工事を藤崎井から始め、11年目の宝永4(1707)年に小田井の工事を始めました。
 この2つの水路の開削は、もともと藩主が住民を救済するために行ったものです。
 当時、才蔵は、木、竹を使ってやっとのことで測量しました。水路を山ぎわで迂回させ、又、谷川を横断させ、暗渠(トンネル)を掘って川底を通したり、川 の上に渡井を掛けるなど、この上なく困難な工事であったことは、今日においても人々のひとしく感心するところです。
 才蔵がこの二つの水路の敷設のために開発した技術は数え切れません。
こうして正徳5(1715)年に74才で藩の職をやめるまで、藩主のため誠心誠意仕え、大事業の成果をいたるところで残したのです。

 才蔵が2つの水路を開削して以来二百数十年、この地方は水路の恩恵を受け、又、才蔵の功績は極まりないけれども、世の人々の多くはそのいわれを知りません。そこで概要をしるして、永く、久しく人々に伝えようとするのです。」

 

(パンフレットより引用)
パンフレット:石碑の原文と現代語訳を載せています。
下記施設に置いてあります。

橋本市郷土資料館
小田井土地改良区
藤崎井土地改良区
紀の川土地改良区連合

 

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大畑才蔵翁彰功之碑 パンフレットの表紙

 

農民のために献身したことから、その遺徳を讃えるため「彰功之碑」が大正14年に粉河寺境内に建立されました。
以来10年ごとに、小田井、藤崎井の関係者が集まり、頌功祭りが営まれています。

 

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年 表

 

和暦 西暦 主なことがら
寛永19 1642  橋本市学文路に生まれる。 
寛文4 1664  22歳のとき、伊都郡奉行から庄屋役を仰せつけられ、郡役所の御用もかねる。 
寛文5 1665  高野山内聞役を仰せつけれられる。 
元禄9 1696 55歳のとき、地方役人として紀伊藩につとめ小田井筋や那賀郡の水盛、
池の調査をする。紀州藩内外の視察をする。
元禄10 1697  伊勢一志郡新井(しんゆ)の水盛、越前の民情調査 
元禄11 1698  伊勢新井の開削(雲出川(くもずがわ)用水) 
元禄12 1699  藤崎井の測量設計に着手する。 
元禄13 1700  藤崎井の開削。(全長23.5km、約1万町の土地をかんがい) 
宝永4 1707  66歳のとき、小田井の開削、第1期工事完成(小田~名手市場) 
宝永6 1709  小田井第2期工事の完成(市場~打田) 
宝永7 1710 小田井第1・2期工事区の保守工事をおこなう。(全長26km余、1068町のかんがい)
正徳5 1715  74歳のとき、地方役人を免除される。 
享保5 1720  79歳で死去、戒名「浄岸慈入居士」 

引用:「大畑才蔵と小田井」 橋本市学文路区作成

 

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当時の測量のようすと道具

当時の測量のようす

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測量に使われていた道具など

 橋本市郷土資料館に展示されています。

 

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大畑才蔵(おおはたさいぞう)の記録写真

文献

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石碑

大畑才蔵 顕彰碑 - 場所:粉河寺

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才蔵掘跡

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大畑才蔵生誕地学文路

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才蔵のお墓 周辺

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イベント

頌功祭 2009年4月25日

小田井、藤崎井の関係者が集まり、10年ごとに行われています。

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通常は石碑の前で開催されますが、今回は降雨のため本堂での開催となりました。

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